ブラジルの大西洋沿岸にかつて一帯に拡がっていたマタアトランティカの森からは、様々な性質を持つペルナンブーコ材が採れた。ペルナンブーコ材と言っても全く別の木と思えるくらい色々な材料がある。同じ弓の材料でもブラジルウッドはどの材料でもさほど変わりがなく、イペは赤い材料と緑がかった材料の2種類がある。ペルナンブーコは花や種子の形も木が育つ場所によって少しずつ異なっており、遺伝的に異なる場合もあれば、育つ土壌や環境によってその様な違いが生まれるとも言われているが、見る人が見れば「これはペカット、あれはサルトリータイプの木だね」などと外見で見分けることが出来るらしい。エスピリトサント、バイーア、ペルナンブーコではそれぞれ異なるバリエーションがある。20種類ぐらいバリエーションがあることが知られており、それぞれが特徴のある弓を生む。ユン・チンやチャールズ・エスピーといった上の世代の職人達は21世紀初頭からブラジルで現地調査を行っている為、きっと見分けることもある程度出来るに違いない。自分は現地調査をしたことがないので木を見ただけではよくわからない。判断が出来るようになるのは、製材されたものからである。
材料を見る目はある方だと思う。以前多くの材料を製材、選別した経験と修理で色々な弓を見る機会があり、材料を手に取ればどのような弓が出来るか大方の想像がつく。完成品を手に取ってどのような材料を使っているかもある程度わかるが、弓仕事には運や出会いもある。材料に関しては、どの様な材料に巡り合うことが出来るかでその人の作る弓のキャラクターや方向性が決まるのであって、職人達に材料について尋ねると皆、材料に選ばれているとしか思えないような運命的な出会いを口にする。シェフェールやトマショーは時期によって使用している材料が違っていて、それぞれに思い浮かぶ材料がある。古い弓ではモリゾー、サルトリーやニュルンベルガーは皆特徴のある材料を使っていて、それが弓の演奏性や個性、音になり、その違いがどこから生じるものかと言えば、根本的にはペルナンブーコの木のバリエーションから来るものである。木の多様性を守ることがこれからも色々な弓が出来ていくことに繋がるのだ。
ペルナンブーコは現在執行猶予がついた状態で、カテゴリー2に何とか踏みとどまっている状態といえる。既にブラジルでは輸出入、持ち出しの際にペルナンブーコで作られたもの全てにCITESドキュメントをつけねばならなくなっている。昨年のCITES会議において欧米と共に動いた日本は幾つかの履行義務を背負っているが、業界でまとまったアクションが見られないことが気がかりである。海外では向こう3年の間に約束したことを果たすべく動きが活発化していて、この6月にはCITES植物のコミティーが開かれ、それぞれの取り組みについて経過報告が行われる。アメリカでは“Know your bow”キャンペーンなるものを掲げて、違法に伐採された木を使った弓の撲滅や自分の使う弓のトレーサビリティを訴えている。
3年の間に結果が伴っていなければ、免除されているCITESドキュメントを全てのものにつけなければならなくなることが目に見えており、場合によってはカテゴリー1に移行することもあり得るのである。色々と面倒ではあるが、カテゴリー1になって身動きが取れなくなることに比べれば何てことはない。まずは個人で出来ることとして、オールド、新作に関わらず出自の証明が出来るものを手元に用意する必要があると思う。(続く)