top of page

移ろうかたち Part2ー18世紀へ向けて

弓を扱う職人は気になる弓を見つけると“魚拓”ならぬ“弓拓”をとる。ヘッドの形やフロッグの形、反りの形状や重量、バランスポイントなどを細かく記録し、次回の製作や修復に役立てる。他の職人達とドローイングを交換する場合もある。ドローイングは次第に増えていき分類と整理に追われる。修復は、色々な弓を見るチャンスでもある。修復を続けるうちに自然に多くのドローイングが集まり弓の理解も深くなっていく。しかし待っていても集まってくる情報は19世紀初期までのもので、それ以前の情報を得ようとするとこちらからコレクションのもとへ出向いていくしかない。18世紀の弓に限ったことではないが古い弓については専門家でもよくわかっていない場合が多いので慎重さが必要だ。バロックボウの製作家でイギリス人ディーラーのフィリップ・ブラウン(Philip Brown)さんによると有名なショップを通して販売された弓がフランソワ・トゥルトとして販売され、その真贋に疑義がある場合、レオナール・トゥルトとして売られることがあるそうで、レオナール・トゥルトについて調べている際に「気をつけてね」と助言をくれた。似たような話では、筋の良いものがドミニク・プカットとして売られ、微妙な場合はアンリとして売られることなどはよくあることなので思わず頷いてしまう。歴史は現在を生きる我々の視点によって往々に解釈を変える。Great French Bow Tradition(グレートフレンチボウトラディション)というシナリオに立てばフランスでピエール・トゥルトによって作られたとされる弓ももしかしたらイタリアやドイツで作られた弓かもしれないということを頭の片隅に置いておかねばならないと思う。


18世紀に作られた弓の多くは音楽家によって注文が成され特定のレパートリーを弾く為のみに作られたことが知られている。あるレパートリーを弾く為には最適であるが他の曲には適していない。バロック、ギャラント、シュトゥルム・ウント・ドラング、18世紀の音楽は広大で、様々な曲や音楽家を思い浮かべると当時色々な弓が必要だったというのも納得できる。ロマンティックボウ(ロマン派の弓)の出現までにレパートリーの数だけ様々な弓が作られた。

私がドローイング(寸法図面)を持っている一番古い弓はクリップインタイプのフレンチショートボウである。おそらく同じメーカー(工房)によって作られた弓がパワーハウスミュージアムをはじめ、世界各地に現存する。この弓は17世紀後半、リュリ(Jean-Batiste Lully)が活躍した時代に作られたもので、カモノハシのくちばしのようなヘッドと、ヘッドの後ろの形状、チャンファ―と呼ばれる面取り部分に特徴がある。ヘッドの後ろの形状は現代ボウが真っ直ぐなのに対し、バロックボウは多くの場合、丸くまたは写真のようにV字になっている。これはフロッグのヘアーチャネルのかまぼこのような形と合わせて毛束(ヘアーリボン)の形状を変える働きがある。毛束の形状に若干丸みをもたせることで、様々なアタックと表現が可能になる。同様の試みは後のフランソワ・トゥルトの金鼈甲のチェロ弓やトマッサンによる大きく角が面取りされたフルール、そしてビヨームによる楕円のフルールにも見ることが出来る。どれも毛束の形状を変えるものだ。




ピエール・トゥルト(Pierre Tourte)が1740年代に作っていたパイクヘッドの弓はヘッドが低くフロッグは背の高い作りになっている。スクリューが加わったものの、ヘッドが低くフロッグが高い弓の設計自体は前述のクリップインの弓と変わりがない。このような弓は力強いダウンボウと軽いアップボウが演奏上の特徴で、当時の独特な弓使いのルールはこれによるものだ。ショートボウは室内楽、オーケストラピットでの演奏、ダンスミュージックの他コンティニュオなどに使われたという。一方、ソナタに用いる弓は長い音を奏でる為に時に730mmを超えるような長い弓を用いた。この時代の特徴はスクリューメカニズムが加わったことでより強い張力を弓にかけることができるようになったことだ。これ以前にはフランス語でラックや梯子のようなものを意味するクレマイエ(Cremaillere)タイプの弓が作られている。ボストンと国内のコレクションでそれぞれ実物を見た。スティックに埋め込まれた金属又は象牙のラックに針金を引掛けるだけのシンプルなものだが、当時としては画期的な発明であったに違いない。いつかこのタイプの弓を作ってみたい。

スクリューメカニズムについては諸説あるがピエール・トゥルト以前に、弓のエンドにボタンと同じような形をした重りを付けた職人がいた。単純にバランスをとる為の重りとして付けたもので張力を調整する機能はなかったが、それをもとにイタリアでスクリューメカニズムが発明されたか、もしくは1740年代に重りのついた弓を見たピエール・トゥルトが義理の息子と共にフロッグをスクリュー可動式にしたと考えられている。

18世紀中頃に作られた弓で現在ドローイングを持っている弓では1760年代に作られたレオナール・トゥルト(Leonard Tourte)の弓がある。この弓はボタンを加えた長さが696mmで弓毛と後付けのグリップを加えた重量が57.2gmある。ヘッドには薄い象牙のフェースプレートがついており、後のトランジショナルボウの出現を予感させる。フェースプレートはヘッドを衝撃から守る為にあるのでレパートリーが激しさを増していく中で取り付けられたのではあるまいか。


続く


参考文献 L’Archet, L’Archet Revolutionnaire


bottom of page