昔、弓が今よりずっと軽かった時代がある。あるバイオリニストが所有していたトゥルトの弓を以前見せて頂いた際に、重量を稼ぐ為に銀線を2重に巻いてあったことを覚えている。当時は深く考えもせずそれを眺めていたが、その後修復を手掛けるようになり、昔作られた弓の多くが55gm以下であったことを知ることとなる。シュポアのViolinschuleが書かれた頃の(1832年出版)、1830年前後に作られたゴーラ(Francois-Jude Gaulard)の弓はスティックの重さが36.1gm、フロッグとボタンの重さが14.9gmで総重量が約55gmと、現代ボウと比べ5gm以上軽いものであった。総重量が55gm以下になるような木は水に入れれば浮くような軽い材料だ。昔の職人たちがそのような材料を意図的に選んでいたということがシュポアのViolinschuleを見るとよくわかる。
「一番良いもので最も高く評価されている弓はパリのトゥルトの弓で、ヨーロッパ中にその名を馳せている。他の弓に比べ幾つかの点において優れているが、まずトゥルトの弓のスティックはわずかな重量(trifling weight)で十分なしなやかさがあり、そして次に美しく均一な曲げ(反り)が入っていて、ヘッドとフロッグのちょうど真ん中に反りのピーク(最下ポイント)があること、そして最後に極めて正確できちんとした手仕事をしていることが挙げられる。」
シュポアはトゥルトの弓を絶賛している。「わずかな重量」と記していることからクラシカルの弓でクラマータイプの弓など一時期ヘッド寄りのバランスに傾いた時期があったのだろう。実際に当時の弓の寸法でアムレットなどの素材で弓を作ると57~58gmになることもあるので、トゥルトのモダンボウは軽く感じられた筈だ。トゥルトの弓は弓先でのスタッカートを可能にしたので、シュポアのスタッカートと呼ばれたボーイングはこの弓なくしては生まれなかったと思われる。
「17世紀からバイオリンの製作技術が下降の一途を辿っているのに対し…弓の構造は現時点で完全であり、改良する余地がない。」
「トゥルトが作ったそれらの弓の値段はとても高く(80フラン)似たような弓はドイツ国内で1/8程度の値段で手に入る。しかしこれらの弓は製作者達が正しい作り方を知らない為、トゥルトの弓に性能において劣る。それゆえに、これらの弓を選ぶ際には慎重に行い、トゥルトの弓のようではないにしてもその軽さと均等な反りが入ったものを選ぶべきだ。」
トゥルトの弓は当時から抜きん出ていたようだ。Violinschuleを読むまではトゥルトの弓は完成当時には浅い反りがざっくりと入っているだけだと思っていたが、おそらく当時においても均等で完全な反りが入っていたのではないだろうか。同じ素材を使い、製作の方法が一緒であっても、職人があるべき姿を知っているか、また材料の活かし方を知っているか否かで全く別の弓になる。これは今も昔も変わらないのである。
続く
参考文献
・Louis Spohr, A Critical Biography, Clive Brown:CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS
・Louis Spohr's celebrated violin school.Translated from the original by John Bishop