先日毛替にいらしたとあるビオラ奏者の方は、現代の名工達に直接弓や楽器の製作を依頼し楽しみながらコレクションをされている。お帰りになった後、ふとJean Tribleのことを思い出した。 Jean Tribleはバイオリニストであり、コレクターでもある(Charles Espeyさんのブログに彼との逸話の詳細が書いてあるのでお勧めする)。オールドボウの収集のみならず生涯を通じてその時代ごとの職人達に弓の製作を依頼し、偉大なコレクションを成した。サルトリーにおいてはTribleが10代の頃から工房に出入りし、何本も製作を依頼した。楽しみながら長い時間をかけて収集し、振り返れば偉大なコレクションが出来ていた。まさに理想である。
先述のビオラ奏者の方はMatt Wehlingに弓作りを依頼する際、ダークでメローな音がする弓がいいと伝えたといい、まさにそのような弓が仕上がってきたのでとても気に入っているとおっしゃっていた。それを実現する為にはどのような材料を選べばいいかという話になり、つい時間を忘れ長々と話し込んでしまった。
弓の音色は“木の音”である。もし弓に真言のようなものがあるとすればこれに違いない。設計や反りの形状でも変わるが、弓の音色の違いは根本的に、木の音を伝える速度が速いか遅いかによってうまれる。音の伝わる速度が速い材料で作った弓は明るい音がする弓になり、遅い材料で作った弓はダークでメローな音がする弓となる。音は硬い材料を通過すると高い音がする。最近では改良されてはいるものの、カーボンの弓で弾くと甲高い音がするのはその為だ。
近年では弓の材料を買うとほぼ必ずルッキ(Lucchi)ナンバーが記されている。20世紀後半にイタリア人のジョバンニ・ルッキが超音波を使って水深を測るソナーをヒントに開発したシステムで、弓職人や材料業者にとってプラットフォームの一つになっている。一般的に木の密度が高い材料ほどルッキの値は高くなり、密度の低い材料ほどルッキの値は低くなる傾向にある。また木目の通った真っ直ぐな材料ほどルッキの値は高くなり、節や入り組んだ木目をしているとルッキの値は低くなると言われている。ルッキの値はヤング率とゆるい相関関係にある。ゆるいというのは個体によってばらつきがあるからだ。中にはルッキの値が低いにもかかわらず強い材料もあるし、その逆もしかりである。100本測ってグラフにすると全体として眺めてみれば比例しているといった程度だが、材料を選ぶ一つの基準になることは間違いない。特に音に関して言えばルッキが6000以上の材料がダークでメローな音を奏でることはまずないし、5000以下の材料が明るく華やかな音を出すことはありえない。従来の職人達が材料をたたいて音の伝わり方を長年の経験で判断していたことを、皆が理解できるようにプラットフォームを作ったルッキの功績は大きい。