コラムの“移ろうかたち”というタイトルは、2009年に国立西洋美術館にて開催された版画展“かたちは、うつる”からきている。内容は異なるが、“写す”、“移ろう”、“伝染していく”というキーワードが弓の進化を表すのにふさわしく思えたからである。弓作りに限らず、伝統工芸の多くは模倣(写す)をすることから始まる。弓のかたちを見ていくと年代の異なる弓で模倣や意外な繋がりが見えることがある。一方で明らかな突然変異とも言えるイノベーションが起きて伝播していくこともある。トランジショナルボウと呼ばれる弓はその名のとおり、バロックからモダンボウへの過渡期に作られた弓で様々な弓が作られた。クラマータイプの弓はその代表的なものだ。 フランスでは18世紀半ばを過ぎるとイタリアで使われていた背の高い弓の影響を受け、ヘッドの高い弓も作られるようになったが、弓のかたちが大きく変わることになるのは1770年以降のことである。ドイツのマンハイムより音楽家のヴィルヘルム・クラマー(Wilhelm Cramer)が、当時マンハイムのオーケストラで使われていた弓をパリに持ち込んだことによって多くの製作者がクラマーモデルの弓を一斉に作り始めた。これがかなりのインパクトであったに違いない。フランスではレオナール・トゥルト(Leonard Tourte)、ジョゼフ・ムシャン(Joseph Meauchand)、二コラ・デュシェン(Nicolas Duchaine)といったメーカーがこのタイプの製作を始め、クラマーが後に移住したイギリスではドッド(Dodd)がこのタイプの弓を多く遺している。ムシャンとドッドの弓をそれぞれ手にとったが、モダンボウとほぼ変わりがない。ムシャンの弓はオーバリンカレッジで古楽を教えている方の弓を実際に弾かせて頂いたが、おそらく反り直しがされていてとても弾きやすい。反りの深さにもよると思うが、モダンボウのレパートリーも十分に弾けるものだ。クラマーモデルの特徴はヘッドが高くなり、アップボウとダウンボウが均等に行えるようになったことだ。また毛束の幅は狭いにも関わらず、左右のブレがなく安定感があり、これはおそらくヘッドと手元の形状によるものである。
この時代のメーカー達はこの弓をアムレットとペルナンブーコの双方で作ったが、オープンフロッグではどちらの素材であってもよかったのだろう。トゥルトが後にフルールを発明し、弓でできることは格段に増えたが結果として振動をとめてしまうことになり、振動を伝えやすいペルナンブーコが弓の材料として生き残ったと言われている。音色を重視で飛んだり跳ねたりをしないのであればオープンフロッグの弓での演奏を是非お勧めしたい。新たな発見がある筈だ。
参考文献 L’Archet, L’Archet Revolutionnaire