フロッグのタングと呼ばれる箇所に取り付ける半月状の金属のリングのことをフルールと呼ぶ。18世紀末にフランソワ・トゥルトが時計職人としての修業で培った金属加工の技術で作ったのが始まりであり、大雑把にそれ以前のオープンフロッグの弓をクラシカルボウ、古典派の弓と呼び、フルールのある弓をモダンボウ、或いはロマン派の弓と呼んで区別している。フルールには弓毛を平らなリボン状に広げる為にカエデなどの木のクサビを弓毛とタングの間に入れるが、その圧力に対する外壁サポートという役割がある。英語ではこのクサビのことをヘアスプレッダーと呼んでその他のクサビと区別している。ヘアスプレッダーで毛束をテープ状に固定すると弓の性能が大きく変化する。
フルール製作においては半円状に曲げた薄い上板と、平で厚い下板をロウ付けする。弓では通常このロウ付け部分から亀裂が入りフルールが割れるので、再ロウ付けが必要となる。2分ロウ、5分ロウなど地金より融点を低くする為に混ぜ物をしている為に弱く、ここが割れるのである。古い弓の修理では通常より低い融点のロウを使用するようにする。ロウ付け以外の場所で割れることが稀にあるが、このような場合ロウ付けしても長くもたないので板の交換やフルールを作り直す。クリーニングしてロウ付けした後は焼きなました状態にあるので、芯金に通して特に底面の下板を叩いて鍛えておく。これをやらないと軟らかいままなのでクサビの圧力で下板がぷくっと膨れて変形してしまう。ロウ付けをして磨いてといったことを繰り返すと板は薄くなるので、いつかは上板なり下板を交換しなければならない。最近では彫金屋に持ち込んでレーザーで地金を融かして付けるやり方もある。ロウ付けした箇所以外で割れた場合や、薄く紙のようになってしまった物に関してはこちらの方が良いかもしれない。他にフルールが変形してしまう原因として、フルールとタングの合わせにアソビや隙間があるとクサビを入れた時に圧力で底面がぷくっと膨れることがある。毛替えを何度もしていると黒檀とフルールの間に摩耗で隙間がどうしても生じるので、隙間がある場合には応急処置としてタング上部に薄い紙を貼って隙間を埋めておくと良いだろう。
トゥルトがフルールを付け始めた18世紀末は古の錬金術から化学へ向かう転換期であり、様々な金属がこの時期に発見されている。フルールは草創期に色々な金属を使用したが現在ではニッケル、シルバー、そしてゴールドのいずれかを使う。ニッケルは今では安い弓の代名詞となっているが、古い弓では一時期皆がこぞってこの素材を使った時期がある。19世紀にはニッケルはまだ新しい素材であって、当時の言葉の響きとしては20世紀中頃になってようやく一般的に使用されるようになったチタンのように新たな選択肢として注目されていた。量産品ではないニッケルマウントの古い弓には良いスティック材料を使ったものが多くあるのはその為である。現在ではシルバー金具の弓のほうが評価は高いので、ニッケルマウントの弓の金具をシルバー金具に交換する悪しき慣習が業界にはあるが、歴史的な価値を考えればありのままの姿で保存していくべきだと思う。
シルバーは900銀に近いものから950銀まで様々な品位のものがある。イギリスのものは国によって品位が定められていた為に925銀を使用している。昔の弓の銀や金には銅などに加え少量の鉄が混じっていることがあるが、これは弓職人が当時の銀貨や金貨をつぶして金具を製作していたからだ。鋳造の過程で何かから溶けだしたのかもともと混ぜていたのか定かではないが、19世紀の古いコインには少量の鉄が含まれている。やむを得ず上板なり下板を交換する際には可能な限り近い材料を使うべきである。トゥルトの弓に使われた金は20金から21金に近く、美しい。ナポレオン金貨を潰して作ったものでパッと見は濃いイエローゴールドに見えるが磨くとローズゴールド(ピンクゴールド)であることがわかる。昔ハンス・ヴァイサールの職人やウーリッツァーのサルコー達が修理として古いコインを使う方法を編み出したというが、多くの偽物もこの時に作られている。蛍光X線分析はこれによりかいくぐることが出来るので金属鑑定は弓の鑑定において参考にしかならない。サルトリーの時代にも多くの精密なコピーが作られたというから、弓の鑑定家は各メーカーの寸法や手癖、使用した道具の痕跡を細かく研究してメーカーを特定するしかない。
フルールの形も細かく見ていくと時代やメーカーによって違いがある。最近のトレンドでは綺麗な半円ではなくて、蒲鉾を上から押しつぶしたような台形に近いフルールを作るメーカーが多い。フロッグの底面付近にしっかりと肉を持たせることで割れを防ぐのだというが、最も長持ちしていると言えるトゥルトのフロッグのフルールはそのようになっていないので、現代人のおまじないのようなものかもしれない。フルールやそれを嵌めるタングの部分は弓の振動や音に影響が出やすい箇所なので、あまりごっつく作ると具合が悪いし、薄く作り過ぎると音は良くなるが強度的に持たないのでバランスが難しい。理想はやはりトゥルトなのではないか。