ドラゴネッティが初期に使用していたような大きくアウトカーブした弓は、どう見ても何かの武器に見えるのであって、つい弓の起源について考えてしまう。一説にはモンゴルなどの中央アジアの騎馬民族が弓弦の保全の為に松脂を塗っていたが、その松脂の粉がついた指でハープやリラを奏でたところ短いながらも継続する音が得られた。そこで手持ちの武器である弓の弓弦で弾いてみた、或いはその弓にふんだんに辺りにあったであろう馬の尻尾の毛を張って松脂をつけて弾いてみた、というのが弓の起源と言われている。指に松脂をつけて弦を擦れば確かに何かしらの音が出る。弓道では古来、薬練(くすね)と呼ばれる松脂を使う。火にくべて溶かして菜種油やごま油を混ぜて煮詰め、粘度を高めたものを弓の弦に塗って補強し弓手に塗って滑らないようにするというが、この薬練を作るプロセスは楽弓に塗る松脂の製法とよく似ているのである。手薬煉を引くという言葉はこの薬練が語源であり、弦楽器奏者が演奏前に松脂を塗ることに通じるものがある。
松脂は人に会う度にどの様な松脂を使っているのか、どのように塗っているのかを聞くようにしているが、弦と一緒で皆異なることをおっしゃるので未だによくわからない。楽器や弓の音色、好みのセットアップ、弓の強さ、奏法の違いなど様々なのでそのようなことになるのだろう。松脂は音色やグリップ力、持続力がそれぞれ違うので自分の好きなものを見つけて楽しむのが良いと思う。個人的には人が松脂を塗る所作や作法を眺めるのも好きである。なかには本当に効果があるのか定かではない”おまじない“みたいなものもあるが、それも含めて考え方の違いが表われるのでとても面白い。もしThe Art of Rosining選手権なるものがあったとするならば、芸術点を最も高くつけたいのはコンバス奏者である。キュッキュッキューと、或いはシュッシュッとバイオリンやビオラ、チェロではまず見ない塗り方で、摩擦熱で松脂を溶かしているのだという。コンバス界隈では松脂の塗り方は先輩から代々受け継がれるものだそうで、中には 「!?今、何をしました?」と思わず口にしてしまうようなエレガントな塗り方をする人もいるので、自分の中では密かな楽しみの一つとなっている。