弓の修理で多くあるのはヘッドが首元からパッと飛ぶように折れるもので、折れの修理の大半はこれによるものだ。弓を張った状態で落としたりぶつけたり衝撃を加えると、木目に沿ってヘッドが飛ぶように折れることがある。またリフトと言って軽いササクレが時間をかけて拡がるようにスティック上部からヒビが入ることもある。製作時にはウィンドチェックと言って海沿いに生えていた木の内部に風を受けたことによって生じる隠れたヒビを持つものがあって、そのような材料に当たると曲げた瞬間に真二つに折れてがっかりすることもあるが、一度製品になったものが中央で折れることは踏んづけでもしない限り滅多にない。とはいえ不慮の事故はもちろんあって、ドミニクぺカットを子供が折ってしまったとか、衝撃的だったのはオーケストラピットで演者が上から降ってきたとか、避けようのない出来事も世の中には起こるのだ。
とにかく首元は負荷がかかる為、なるべく木目が繋がるようにクォーターソウン(quarter sawn)でカットした木材を使うことが望ましい。木取りで言えば四方柾で、柾目や板目に比べ折れにくい。弓作りではキセル状の材を前にして最初にナイフでコーナーをカットして木目を判断し、なるべく四方柾に近い状態になるよう弓を削っていく。四方柾を目指すのは折れ防止の他に弓に強度を与える為でもある。先端から見た時にバイオリンとビオラは左上から右下へ、チェロとコントラバスでは右上から左下へ年輪が入っていると弓を傾けて圧力をかけて弾く際に抵抗が生まれ強い弓となる。勿論、四方柾は理想であって実際には全ての材料がそのようになっている訳ではないし、板目の材料を敢えて使っていた昔のメーカーもいて演奏性に優れた弓を作っているので、弓にとって四方柾がベストだとは一概には言えない。
また杢の入ったギラギラの材料をここぞという時に使うことがあるが、弓の強度としては真っ直ぐに目の通った材料に劣る。バイオリンの横板を曲げる際に慣れていないと細かい杢の入った板にヒビが入ってしまうことがあるが、杢の入った材料は曲げに弱く、弓でも細かいギラギラ光る杢の入った材料は折れやすい。目が通った材料は一般的に音の伝わり方が速く、反応の速い明るい音のする弓になるのに対し、杢や節の多くある材料では音を伝える速度が遅くなる為にメロウで複雑な音を持つ弓になると言われている。19世紀後半には首元と手元の反りを削り込むいわゆる削り弓から、繊維がなるべく繋がるように真っ直ぐ削ってから曲げる、曲げ弓へと作り方が変化しているが、曲げ弓のサルトリーでもヘッドが飛んだ弓を見ることがよくあるので、ヘッドが飛ぶ原因は木取りや材料の質以外にも弓の形、構造やデザインにもあるのだろう。ヘッドの縦横の比率や幅、スティックに対する角度などによって首元に負荷がかかりやすいものと、あまり負荷のかからないものがあるのだと思う。
弓職人のチャールズ・エスピーさんが以前丸太からクォーターソウンで効率的に弓材をカットする方法について記事を書いていたが、我々の世代では枕木程度の材料を目にすることはあるものの丸太を一本買うなんてことは出来ないのでうらやましい話である。上の世代の人達ではブラジルに行って丸太を買って製材したという人が多くいて、現地で線路の枕木や農場のフェンスに使われていた材料などを集めてストックしている人達もいる。昔はパンを焼く薪として使っていたという勿体ない話もあるので、ひと昔前には日常の中に溢れんばかりにこの木が存在した時代があったということだ。勿論ハズレもあって丸太を買って失敗したという武勇伝もよく聞くことであって、昔話として彼らの話は面白い。大きな材料から板を切り出し、弓のブランクに切り分けていくことのメリットはクォーターソウンを実現する他に、同じ性質を有するストックを持つことで仕上がりをカウント出来るようになることだ。以前作ったものと同じような弓を作ってくれと言われれば同じ塊から切り出した材料を探せば良い。多少比重や荷重値は異なっていても音の性質は同じだからだ。弦楽器本体のスプルースやメープルでもそのようなことが出来たら本当は理想なのではないかと思う。ペルナンブーコではCITESのレポートによると、個人の弓職人が生涯に使う材料はある人が行った試算ではペルナンブーコの丸太2本半分とかであったと思う。弓職人は何か規制がある度にやり玉にあげられるが、我々が使う量などたかが知れており、マタアトランティカの森が消失したのは牧場や製紙会社による皆伐にある。いつかブラジルで植樹している材料が育った暁には製材する様子をこの眼で見に行くつもりだ。