毎年テーマを決めて製作に取り組むことにしている。今年は低音の古い弓を形にしようと決めており、年初より色々と試作をしているがこれがなかなか難しい。理由の一つとして弓の形が当時の奏法と直結しているからだ。da gambaポジションのチェロ弓では、クリップインのガンバボウと兼用だったかもしれない弓の寸法データが幾つか手元にあり、作って弾いてみたもののアンダーハンドでないととても弾けたものではない。
クリップインの弓で明らかにチェロ弓のオーバーハンドで弾いた弓も少ないながら残っているが、これは多くが18世紀後半にイタリアかドイツで使われていたものだ。そのような弓も少ないながら19世紀に入るまで存在していたことがわかっている。ただ一般的に、クリップインでオーバーハンドのチェロ弓は現存数が圧倒的に少ない。そのこと自体昔の奏法がどうであったのか、どの奏法がメジャーであったのかを物語っているのだろう。研究者によればヴァンディーニ(Vandini)はアンダーハンドで弾いたとあり、ヨーロッパにおいて18世紀初めぐらいまでda gambaポジションのオーバーハンドで弾く奏者を描いた絵画も見たことがないという。1740年頃にはピエール・トゥルトが18世紀初期にイタリアから入ってきたであろうネジ式の弓を見て、ネジを使用したオーバーハンドで弾くチェロ弓を作っている。
ミシェル・コレット(Corrette)が教本を出したのも1741年であり、自分が何となく諸事納得して作ることが出来るのは、ネジを使った弓が一般的になるこの辺りの時代からである。それ以前の弓に関してはまだ今後の宿題として取っておくことになりそうだ。da spallaポジションについて飯能の髙倉匠さんが正面から取り組んでおられる。いつしか古のように両方の奏法をやることがスタンダードになったら面白い。
バス弓はさらにわけがわからない。古いバス弓の中にはお化けのような、軽い材料で作っても200gmを軽く超えるものがあって、これでいいものか自問自答しながら試作をしている。長い弓も多い。1本、ブナで作ったクリップインの弓で良いと思うものを見つけたが、一番長い市販の弓毛がギリギリ使えるぐらいなので、とにかく長い。あやうく作ったものの毛を張れない状況になるところであった。これも楽器のサイズやどのような楽器をどこに構えていたのかが関係しているのだろう。
その後進展がなく何となく行き詰まりを感じているところへ、コントラバス奏者のKさんが18世紀後半から19世紀前半に使われたであろうオリジナルの弓を2本見せてくれた。どちらもモダンボウのようには出来ないことがあるものの、とても弾きやすい。うち一本はヴィエニーズボウだという。1820年頃までウィーンで使われていたヴィエニーズ・ヴィオローネを弾いたのではあるまいか。
もう一本はおそらく栃か何かの材料で作られており、毛束の幅がモダンボウの2倍近くあるではないか。おそろしい。共通していることは弓で弾くと弦に弓毛が絡むように、毛束が沈み込む感覚があることだ。
困ったことにわけがわからないものこそ、松脂を塗って弾くまでどうなるかわからないので作っていて面白いのである。まだ半年あるので幾つか形に出来たらと思う。
参考文献:In Search of the Eighteenth-Century"Violoncello":Antonio Vandini and the Concertos for Viola by Tartini-Marc Vanscheeuwijck