昨年末から年始にかけてハーディングフェーレを演奏、研究されている方と弓について色々やり取りをする中で、19世紀においてもクレマイエ(crémaillère)と呼ばれる古いタイプの弓がハーディングフェーレでは主流であり、ネジを使う後期バロックボウやトランジショナルの弓を経ずに一気にモダンボウを使うようになった、ということを教えて頂いた。自分ではこの楽器を演奏したこともなく、演奏も歴史も全く分からない。クレマイエとは梯子やギザギザの付いたレールのことで、金属や象牙で出来たギザギザのパーツをスティックのエンドに埋め込み、フロッグに仕込んだ針金を引っ掛けて弓毛のテンションを調節するものだ。クリップインの初期バロックボウからネジを使う後期バロックボウへの移行期間に作られた弓で、歴史は古い。よく調べてみると、19世紀においても1830年頃まではドイツなどでもこのタイプの弓が作られていたらしい。
以前ボストンにて19世紀に使われていた古い弓をハーディングフェーレの愛好家の方に見せて頂いたことがある。Yew(イチイ)という針葉樹で出来ており、大変短い弓で象牙のクレマイエが付いていた。短く、針葉樹で出来ていたことを考えると、19世紀のこの楽器の演奏は今より更にルネサンスボウで弾いたように明るく、オープンでreedy(甲高い)な音であったと思われる。
ボストンの愛好家のことを前述の研究者にお伝えすると、驚いたことにご存知でノルウェーにて会ったことがあるのだという。アメリカへはノルウェーから多くの人が移り住み、ボストンの彼もその子孫であったらしい。お会いした時に彼は自分の持っている古い弓のコピーを弓職人に助言を受けながら作っていた。背景を知らない当時の私は「もっとちゃんとした弓を手本にすればいいのに」などと思っていたが、彼にとっては自分のルーツに関するものでありその弓でなければならなかったのである。19世紀は自分が考えていたより多種多様な弓があったとあらためて思うのである。