弓の修理をやるのには幾つか理由があるが、なんといっても色々な弓を見て、知りたいという欲求があるからだ。過去に作られた弓の分だけ正解があって興味は尽きない。
クノッフ(Knopf)がバウシュ(Bausch)の為に作ったチェロ弓を眺めている。この時代のドイツボウは門外漢であってはっきり言ってよくわからないが、良い弓だと思う。丸弓であって、ヘッドの幅やスティックの太さなど異なる点は多々あるものの、ヘッドとフロッグのサイズ感であるとか、フロッグのアンダースライドの角度、スティックのメネジ穴がエンド寄りにあいていることを見るとトゥルトの弓を意識して作っていることがよくわかる。もう一つ大きな特徴をあげるとするのであれば “丸の意識”である。
チャンファー(ヘッド裏の面取り)から首元につながる箇所が丸い。フロッグやヘッドの立体の作り方もぷっくりとしていて、丸い。手元の八角もどことなく丸く、中八のボタンも経年変化でガタがあることを考慮しても丸い。どことなく全てが丸いのである。しかし工場で大量生産された時代のものとは異なり、意図的に丸くしているように見える。これにはおそらく製作の手順と美意識や様式の違いといったものがそもそも関係しているのではないか。
木工の基本はどの国や場所においても普遍的でそう変わりがない。基準面を平らに削りそこを中心に立体を組み立てていく。これにもっとも忠実なのは、最初から弓を四角い状態で作り込んでいくイギリスの弓作りである。ステレオタイプになるが冷静に、理論的に物事を考えていくイギリス人らしい作り方だと思う。イギリスではHillのウィリアム・レットフォード(William Retford 1875-1970)がキャリアの後半で旋盤を使い始めるまで弓を四角く削る弓作りが行われていた。一方、ドイツでは初めから弓を丸く削っていた。
以前、クラウス・グリュンケ(Klaus Grunke)がドイツの弓製作の特徴について講演をした際に、ドイツでは旋盤を使い始める以前から手工においても角材を丸く削っていたということを言っていたが、この国ではそもそも基本の形が “まる” なのである。
弓製作では弓を火で熱して反りを入れるが、反りを深く入れていくにつれてスティックに少なからず捻じれが生じる。木目によって程度は異なるが、通常この捻じれを考慮して手元の八角部分を太めに残しておく。初めから丸であればこの捻じれは気にせず反りを入れて、反りを完全に入れてから弓のヘッドに対して基準面を削り、フロッグの合わせを行えば良い。ヘッドから手元まで段差のない円筒であれば反りも綺麗にいれることができる。
クノッフが活躍する時代のひと昔前にドイツ語圏で作られたトランジショナルの弓は、フランスやイギリスで作られた弓と異なり角を落として丸めている。ある研究者は当時のビーダ―マイヤー(Biedermeier) 様式になぞらえてこれらをBiedermeier bowと呼ぶことがある。ビーダ―マイヤーとは建築や家具、そして文学に至るまでドイツ語圏で普及した概念で身近なものに目を向けようというもので、この時代に作られた家具は特徴として角を落として丸みがある。以前イギリスのティム・ベーカー(Tim Baker)に会った際に「弓の尖った角を面取りしていないと、未完成に見える」と話していたことがある。現代の角と面をしっかり出して精度よく作った弓は、19世紀のドイツでも同様に未完成に見えたことだろう。
時と場所が変われば、答えも変わる。修理で出会う弓はそれを教えてくれるのだと思う。