ブフォン論争でルソーはジャンルの異なる音楽を引合いにだして、議論を展開したがよく考えればジャンルが全く異なるのでそこまで大きく取り上げることもなかった筈だ。論戦が白熱した背景には政治的な思惑があり、音楽においても長年議論されてきたテーマがあって1750年代に時代が沸点を迎えた。
18世紀初頭、フランスの裁判官で音楽に関する著作を遺したJean-Laurent Le Cerf de LaVieville (ジャン=ローラン・ル・サーフ・ドゥ・ラ・ヴィエヴィル) は“イタリア音楽とフランス音楽の比較”において「イタリア人は過剰なまでに激しくて暴力的な音を出す。彼らは強い圧力をかけるので、私はいつも彼らの弾きはじめの一弓でバイオリンが粉々に砕け散るのではないかと心配になる」と記している。
勿論バイオリンはそんなに柔ではないし、イタリア人音楽家達にも政治的には支配勢力であったフランス人に対し、「一発かましてやれ!」という気概もあったのかもしれないが、音楽や弓、楽器のセットアップがそもそも違った。タルティーニが1734年に自身で行った考察ではガット弦全ての張力は60ポンド(27.216㎏f)に相当し、よく比較にだされるモダンピッチで現在のドミナント弦における49ポンド(22.226㎏f)に比べても高いことがわかっている。タルティーニの実験がどれだけ精度があるものなのかは定かではないが、少なくともこの時代のイタリア、パドヴァにおいてはかなり強い張力を用いていたようである。
その楽器を鳴らす為に使用したであろう弓が2本、駒やテールピースと共にConservatorio G. Tartiniに保管されている。1本は彼の長いキャリアのうち、前半に使用したであろうパイクヘッドのクリップインの弓である。もう1本はハイヘッドのネジ式の弓で、いわゆる後年イタリアンスタイルと呼ばれる弓でフランス、ドイツ、イギリスにおいてもこの形を模した弓が多く作られている。タルティーニが使ったとされる駒やテールピースについてはどのような特徴があるのか、専門ではないので自分にはよくわからない。どんな音がするのだろう。個人的に全てを再現した楽器や弓で悪魔のトリルを是非聴いてみたいが、タルティーニ本人が今いたとすれば、自身のバイオリンの張力が気になって測ってしまうような男である。きっと現代の演奏も気に入るに違いない。
参照
・Le Cerf e La Vieville 著 Comparaison de la musique italienne et de la musique francoise (1705)
・Stewart Pollens Performance Practice Review Volume 18 Number 1 Article 6
“Before the Chinrest: A Violinist’s Guide to the Mysteries of Pre-Chinrest Technique and Style” by Stanley Ritchie