「これアムレットでしょ?」
駆け出しの頃のことである。アムレットという、よく分からない不思議な語感を持った材料で作られた弓を見る度に、思わず首を傾げたものである。
何てことはなかった。アムレット(仏)はスネークウッド(英)のことで学名をBrosimmum guianenseという。クワ科の植物で芯材はまだら模様の入ったものがある。クワ科とマメ科の植物は特に弓に使える材料が多くあって、職人たちは古来様々な樹種を試している。香木の一種であり、反りを入れる為に火で熱するとバニラのような甘い香りに包まれる。アムレットはイギリスの冒険家、ロバート・ハーコート(Robert Harcourt)によって1609年に南米のガイアナで確認されたのが始まりである。1650年を過ぎる頃には家具材としてイギリスで使われるようになり、17世紀後半になると弓に使われるにあたり十分な量が供給された。18世紀には多くの弓がこの材料で作られている。モダンボウで主に使われたのは斑目の入っていないプレーンな材料で、モダンボウのアムレットというとその様な材料を想像する。弓としては強く粘りがあり、思わずハッとするようなクリアな音がして素晴らしいが、アムレットを使用したモダンボウは数が少ない。アムレットは通常、比重が1.2を超える為にモダンのバイオリンの弓を作ろうとすると出涸らしのような軽い材料が必要で、その様な材料がなかなか採れない。またアムレットは斑目が美しい芯材であってもヒビが多く、フニャフニャでひたすら重い材料もあるので厄介な材料でもあるのだ。
バロックボウからトランジショナルボウへ移行するにつれ弓の重量は増していくが、音楽家と職人達が当時やろうとしていたことに材料の比重が合っていなかったのだろうし、軽いアムレットも当時からさほど採れていなかったのだと思う。トランジショナル期に弓が重くなり過ぎた反動で、トゥルトやゴーラの時代にはペルナンブーコを使った軽い弓の時代が来た、そのようなものではなかったか。
自分がアムレットを取り寄せる際には、必ずグレードの低い斑目の入っていない材料も2、3入れるようにしているが、なかなか軽い材料に出くわすことがない。令和における昭和のように(?)前世紀の遺物が溢れていたであろう当時においても、おそらく19世紀の職人たちは特別な材料として意識していたのではないだろうか。