トゥルトがいかなる人であったのかはよくわからない。ただ彼の遺した弓を見て思うことは、きっと日々音楽家の要望に応えんとして目の前の課題に向き合って一つずつ改善していった結果、あのような弓になったということだ。職人としてやっていることが細かく丁寧である。トゥルトの金鼈甲のフロッグをはじめて見たのはもうずいぶん前のことだ。トゥルトの鼈甲フロッグには黒檀の板が真ん中にサンドしてあって、弓作りを始めた頃はその意味がよく分かっていなかった。
トゥルトだけではない。あの時代、シュワルツの弓にもトゥルトより分厚い黒檀の板がサンドしてあるではないか。最近ヘッド折れの修理をしていてようやく黒檀サンドの意味がわかった。フロッグのタングと呼ばれるフルールを嵌める箇所は大きな力が加わる為に折れることがある。特にトゥルトのようにフルールとタングを華奢に作ると折れやすく、その補強の為に黒檀板をサンドしたのだろう。鼈甲でフロッグを作って、タングが折れて修理で戻ってきた経験から黒檀サンドをはじめたのか、何か別のきっかけでそのようにしたのかはわからないが、「絶対タング折れで戻ってくるなよ!」という意図を感じるのである。またよく言われるヒールプレートにある3本のピンの意味にしても、フリーメーソンのシンボルなどではなくて、「絶対外れて戻ってくるなよ!」と言ってこれでもかと3本打ったようにしか自分には思えない。結果として200年以上作った弓が遺っている。すごいことだと思う。