「玉葱の薄皮を一枚ずつ剝くように作りなさい」
弓職人のチャールズ・エスピーさんがいつか言っていたことである。他の誰かも(失念したが)言っていたことなので、例えとしてよく使われるのかもしれない。「ここは3㎜で......」というように寸法で記憶していることもあるが、マニュアルがあるわけではないので、例えや言葉、体験談、思い出などと共に弓に向き合っている感覚がある。
昔駆け出しの頃、弓職人のNさんが自分の使っている弓を直してくれると言って弓を渡したところ、パッとアルコールランプに火を点けると燃え盛る炎で弓を炙り、折れんばかりに弓を曲げ、捻じれたと言ってはスティックのフロッグとの合わせ面をゴリゴリとヤスリで削りはじめたのを呆然と見ながら、「おいおい、何をしてくれるんだ……」と辟易としたことを憶えている。弓の修理はこういうものとちゃんと口で説明してくれる人ではなかったから、傍から見たら只の暴挙である。腕利きの修理によって弓は弾きやすくなったものの、スティックの合わせ面をゴリゴリと削るのは間違いであると今ならはっきりと言えるが、そんな彼ももうこの世にいない。もっと色々話を聞いておけば良かったと思うが、新入りは得てして何を聞いて良いのかも分からないものだ。一つ憶えているのは弓の状態をチェックする時に弓の毛を左手の人差し指に乗せてレガートで運弓し、ブレる箇所を見ていたことがある。実際にはそんなことをしなくても目視で大体わかるので、素人の自分に分かりやすく見せる為であったのかもしれない。彼がその時やっていたことをちゃんと理解したのはだいぶ時間が経ってのことである。
古い機械加工の技術で倣い加工というものがある。型に刃物が連動して型通りの形に切削するもので、古くから弦楽器や弓製作の現場でも使用されてきた。複製コピーを作るコピールーターなどもその一種である。弓も棹の形状を倣って弓毛で弾くようなものであって、棹の形状が演奏に顕著に現れる。当然ながら、弓にガタがあればレガートは上手くいかない。それでもボーイングの技術が高い人は体の使い方を変えてどんな弓でも使いこなしてしまうが、不慣れな方はそうはいかない。はじめたばかりの人ほどより状態の良い弓を使うべきだと思う。