ウィリアム・サルコー(William Salchow)という名を耳にすると、その道の人間は決まって愛嬌のある微笑を口元に浮かべるのである。ボウメーカーとして、そして人として評判の良い話と悪い話を同じくらい持っている前世紀を代表するアメリカのボウメーカーだ。私は2010年のVSAの会場で姿を見かけた程度であって、直接話をしたことがないので彼の人となりはよく分からない。自分が出会った人達から聞いた限りでは「フランクで、愛嬌があり、ユーモア溢れる憎めない人」といった印象である。
彼の一番の功績はなんといっても生涯を通じて弓作りの普及に努めたことだ。アメリカで現在活躍する弓職人達は彼が教えていたUNH(ユニバーシティー・オブ・ニューハンプシャー)で弓作りを学び、その後ステファン・トマショーなどにつくか、オーバリンなどであらためて製作を学び直した人達が多い。そんな彼の生徒の一人であるリー・ガスリー(Lee Guthrie)の工具箱には“I Love Bill Salchow”スッテッカーが貼ってあった。サルコーに対する評価に賛否両論のあることを踏まえた上でのガスリー流のユーモアと敬意の現れなのだと思う。
もう一つ彼の功績として本題のプラットフォームとしてサルコーが発明したものがある。“Bow deflection measuring machine” という弓の荷重測定器具を使って弓の強さを測定する方法を提案した。この測定法はもともとアーチェリーに使用する弓矢の強度を揃える為に使っていたもの をバイオリンの弓に応用したものである。
2本のバー、もしくはピンの上に弓を置き所定の位置に重りをぶら下げて沈んだ距離を測定するもので、簡単なセットアップがあればいつどこでも測定できる。サルコーはこれをプラットフォームとして普及させた。ジョー・レイ(Joe Regh)が提唱する弓毛にかかるテンションをフォースゲージを使って計測する方法に比べ、実際の演奏性能に関連付ける精度は劣るだろう。しかし計測している弓のバランスや重量などと共に勘案すればどのような演奏性があるのか容易に想像がつくので、現在一部のボウメーカーやディーラーも活用している。最近弓について説明する文章を見ると、重量やバランスと共にこの荷重値を載せているものもある。ある弓を強く感じるか、弱く感じるかは奏者によって千差万別なので、このように世界的に通用する数値化されたものがあると非常に便利である。
ただこのプラットフォームはアメリカでうまれインチで表示される為、我々にとっては少々面倒である。弓職人としては、いつの日か長さや重量のシステムが統一されることを願うばかりである。
鎌田 悟史