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弓の源流を探る Part3-弓と国

司馬遼太郎は日本人が最も輝いていた時代の一つとして室町時代を挙げる。戦乱に明け暮れていたにも関わらず、農業においては生産性が向上し、文化芸術は隆盛を極めた。社会学者ではないのでよくわからないが、文化芸術と争いには接点があるに違いない。音楽や楽器そして弓を生み出した西欧世界に目を転じると、そこには戦争と政略の覇権争いが常にある。ルネッサンス、弦楽器、音楽の華やかさの裏には絶え間ない争いの歴史があった。覇権争いは洋上でも続き、各国は競うように大海へと乗り出し新大陸を見出し、そして音楽の進化に欠かせない弓の材料を発見する。フランス人はフランス人らしくあろうとし、イタリア人はイタリア人らしくあろうとする中で地域ごとに演奏される音楽にも特徴が現れる。




フレンチグリップ
フレンチグリップ

フランスでは(イギリスにおいても)ダンスの伴奏に使う、比較的に真っ直ぐな短い弓が使われた。これらの弓は多くの場合、首元は逆にやや反っており10㎝ぐらいから普通の反りが若干入るというもので、毛を張ってテンションをかけるとほぼ真っ直ぐになる。これをいわゆるフレンチグリップと呼ばれる右手の親指を毛に当てる持ち方で演奏した。このグリップはおそらく構え方を変えるなど色々工夫をしないとはっきり言って弾きづらい。この持ち方はルクレールらがフランスにおける音楽を変えていく1720年頃まで存在していた。フランスではイタリアやドイツに比べ、演奏技術や音楽性において遅れをとっていたが、かわりに精緻なボーイングのシステムが発達したといわれている。弓で代表的なものではシドニーのパワーハウス博物館にある弓や、パリの音楽博物館にあるヘッドの断面がダイアモンド型のショートボウがある。





 

イタリアでは酒場などで演奏に使われたショートボウの他にソナタやコンチェルトに使われた真っ直ぐか僅かに逆に反った長い弓が現れた。特に17世紀末から18世紀前半に作られた弓の中には現代ボウよりさらに長い弓が存在した。研究者によるとストラディバリが楽器に長いパターンを試した時期に重なるとのことである。人々は強く長い音を弾ける弓を求めた。明確なヘッドが弓の先端に現れ、材料はスネークウッドを主に使うようになる。長い弓を説明する際によく使われるのがヴェラチーニの有名な肖像である。もし寸法が等身大であれば、ヴェラチーニはおそらくモダンボウより長い弓を使用していたことになる。




ドイツではイタリアからの影響もあり、高い技術を駆使した音楽が発展した。短い弓と長い弓のどちらも存在したが、他の地域で作られた弓に比べ重音奏法をしやすいように、弓なりに反った弓を使ったようである。おそらくフロッグも背の高いものを使っただろう。飯能にて弦楽器製作をされている倉匠さんに図面を頂いて最近試作したビオラ・ダモーレ用のキャスパー・シュタッドラーの弓は確かに重音が弾きやすく、フロッグも背が高い。バッハと同時代に活躍した同時代の製作家なので、バッハはもしかすると当時似たような弓を使っていたかもしれない。またビーバーが使っていたと言われる弓が現存する。いつかはそれを形にしてみたい。


参考文献

 

・The Conservation, Reestoration, and Repair of Stringed Instruments and Their Bows Volume.1 Tom Wilder

・The History of Violin Playing from Its Origins to 1761 David D. Boyden

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