コロナの影響で練習時間が増えたことが関係しているのかもしれないが、長年バイオリンの演奏と向き合ってきた方が手や肩を痛めたという話を何度か耳にする。また別の話として、ある人は最近もっと自然で楽に演奏できる方法や身体の使い方を独自に探究しているとのことであった。今まで長年信じていたことが足元から崩れ去ったと話されていたその方は、従来のクラシックの伝統という枠にとらわれない演奏を模索しているとのことで、何かそのような変化を求める空気が今の時代にあって国内の一部の職人達はバロックの製作に向き合っているのかもしれない。
自然で身体にとって楽な演奏をするということに関して古い弓を研究する者としては、まずは弓の長さを変えればいいと思ってしまう。モダンボウは時に数十人のオーケストラを相手にコンチェルトなどを弾く為に、身体の能力を100%使い切るよう進化した“大砲”である。“大砲”での演奏が合わなければトゥルトやドッドのようにやや短いサイズを使う、或いは7/8サイズに変えるなど自由な選択肢がもっとあってもいいのではないかと思う。4/4サイズでは、弓毛の有効使用範囲は63㎝といったところであるのに対し、7/8サイズは約60㎝でアソビが生まれる。これらの弓は昔のロングボウの長さに近い。一方アルカンジェロ・コレッリ(1653~1713)が使ったとされる弓は、弓毛の有効使用範囲が50㎝前後であり、これはルネッサンス期の弓からほぼ変わりがない。
コレッリが使用していたという弓は現存しておらず、バイオリンを持った肖像画も無い為、コレッリに迫るには教えを受けたジェミニアーニや同時代の音楽家の記述を頼ることとなる。ボイデン(D. Boyden)がコレッリに関して幾つか興味深い文献を紹介している。
スコットランド人の音楽出版者にロバート・ブレムナー(Robert Bremner 1713~1789)という人がいて、“Some Thoughts on the Performance of Concert-Music”という本を書いた。著書の中で彼はジェミニアーニにバイオリンの教えを受けたといい、ジェミニアーニの師であるコレッリについての記述がある。
“コレッリは一弓で2本の弦を同時に弾いて、オルガンのように均等で力強い音を10秒間弾き続けられなければ自身の楽団の奏者として認めなかったという。そしてこの時代の弓は20インチ(50.8㎝)を超えるものではなかった(演奏可能な弓毛の長さだろうとボイデンは指摘している)。”Boyden, P.257
均等で大きな音が当時から必要であったことと、それなのにコレッリはどちらかといえば短めのいわゆるショートボウを使っていたことが風景としておもしろい。均等で大きな音というのは弓の進化を語る上での重要なキーワードである。ボイデンはコレッリが使っていた弓についてヴェラチーニやジェミニアーニが使っていた弓をそのまま短くしたようなものではないかと言う。
当時、同じ時代を生きた音楽家であるゲオルク・ムッファト(Georg Muffat 1653~1704)はAuserlesene Instrumentalmusikの前書きで、1681~2年頃にローマでコレッリのコンチェルトを聴いたということを記している。
“・・・大勢の奏者によって完璧な正確さで美しく演奏された”
“別の文献によれば大勢というのは時に150人を超えるものであったという。完璧な正確さでというのはジェミニアーニによればアップボウとダウンボウが揃っていることであって、一本でも揃っていない弓があればリハーサルを止めたという。“Boyden, P.257
コレッリに続くヴェラチーニやジェミニアーニの弓は長く、大人数での演奏、編成、音楽など様々なものが以後大きく変わっていく1700年前後は個々の出来事が面白い。バロックボウを色々作ってみてはいるものの自分が一番好きなのは17世紀後半に作られた弓をモデルにしたショートボウで、他者の評価も同様である。何故でしょうか?と前述の探究者に尋ねてみたところ、「自分にはない感覚だからではないでしょうか」とのことであった。「自分にはない感覚」を与えてくれる弓はまだまだ沢山ある筈で、色々なモデルを試してそれを見つけていきたい。
参考文献:David Boyden, The Hisotry of Violin Playing from its Origins to 1761