日本のような湿潤な環境から湿度5%~10%の極めて乾いた土地に弦楽器を持って移動すると、楽器に使われている材料が呼吸するかのように大きく動くことを実感する。逆もまたしかりで、イタリアなどで作られた楽器は日本の湿度によるネック下がりを念頭に、ネック角度を高めにセットして送られてくるらしい。しかし中には個体差があって、下がりきらないものもあるそうで調整が必要なのだとか。スプルースやメープルに比べ弓の材料であるペルナンブーコや黒檀は湿度変化による動きは少ないが、それでも動くものは動く。乾燥した環境に弓を持っていくとスティックが縮小して銀線が緩む、そしてフロッグのアンダースライドが出っ張る。これらの動きを無くすことは出来ずとも、最小限に抑えるには長い時間をかけたシーズニングが必要だと先日ユン・チンに諭され、材料や製材、シーズニングについてあらためて考えている。
弓を組み立てるのは1週間もあれば出来て一瞬の出来事に違いないが、そこに至るまでの時間が長い。ペルナンブーコは苗を植えてから弓に使えるようになるまで最低でも30年かかり、カットしてからさらに乾燥に5~10年を要する。カットしてからあまり時間の経っていない乾燥しきっていない材料を以前手にとったことがあるが、水分が残っているのか明らかにしっとりとしていて小口にひびが入りやすく、シーズニング不足であった。
丸太から製材していく方法は時と場所によって様々であって、現在残っている古い材料の形も様々である。枕木のようなサイズにカットされたものもあれば、板状のものもある。通常、板に切り出してから数年乾燥させる。かつてのヒル商会の人達は、この板から使う分だけを糸鋸(帯鋸)で切り出していた。1週間で一人6本のスティックを仕上げたという。板からさらにキセル状にカットして乾燥させる場合もある。今我々が手にすることが出来る材料の大半はこのタイプである。材料としてのシーズニングの他、工程ごとにシーズニングをする。粗削りをして反りを入れた後、しばらく置いておく。この状態で数年間シーズニングするメーカーもある。木の特徴として木を削ぎ落していくと内部のバランスが変わり、木が動いて変形することがあるからだ。また長い間一定の形をとどめていた場合、その形を保持し戻ろうとする傾向にある。これは古い弓の反りを直す際にも同じことが言えると思う。クセのある古い弓はもとの形に戻ろうとするのか、パッとは直らない。徐々に形にして矯正していくことで後の動きや戻りを最小限にすることができる。
黒檀はペルナンブーコよりさらに成長が遅い。苗を植えてから60年から80年もかかるのである。伝統的には乾燥しきった原木を輪切りにし、フロッグサイズの台形に割った状態で何年もシーズニングさせる。ヒル商会ではさらに溝を削った状態で棚に入れて5年~10年乾燥させたという。
ペルナンブーコの植樹活動は90年代に既にはじまっており、十分な大きさに育った木がいたる所に見える頃である。IPCIでは今まで25万本以上を植樹している。現地の農家と協力してコーヒーの苗木などと一緒に植えることで、ペルナンブーコが大きく育つまでの彼らの収入源を確保するなどよく練られたプランである。黒檀でも同様のことが行われており、カメルーンでは現地で採れる果樹などと一緒に植えることでショートタームの収入を確保し、さらに5年間は農家に苗木の世話をすることを条件に報酬が支払われるという。孫の世代へ向けて木を育てることになるので、その間の収入やメリットを農家にきちんと提示しないと話が進まないのだろう。ペルナンブーコや黒檀が今後もCITESカテゴリー2以下に留まる為にはこの植樹と保護が必要不可欠であって、これらの木々をもって生業を立てる人々ができることを模索している。これらの木々がかつてのマタアトランティカの森やマダガスカルの森に自生していた大きさまで育つのはまだ先の事である。ペルナンブーコで出来た安価な弓は以前のように流通しなくなるだろうし、今あるものはきちんと手入れをして大事に使い、時代の変化を受け入れて普及品に関しては代替材料の使用を進めるべきなのだろう。いつの日かサステナビリティが定着し、ひと昔前の世代の人達が話していたように丸太を製材するような時が来るのだろうか。